Mystic Heart

シカゴ在住、Mindy博士の超心理学入門

Profile

PROFILE

 Michiyo(実千代) Chew,Mh.D(超心理学博士)

現在米国シカゴ近郊在住

Mindy.jpg

<経歴>
ジョージア州Delphi University卒
超心理学全般、神学、深層心理学、自然治療学、スピリチュアリズム、精神哲学などを学び、メタフィジックスの博士号及び牧師号を取得。

<資格等>
* インターナショナルスピリチュアル協会承認ヒーラー
* プロフェショナルボディー&マッサージセラピスト協会承認セラピスト
* ミディアム及びスピリチュアルカウンセラー
  アーサーフォードインターナショナルアカデミーオブミディアムシップ承認
* サウンド&カラーヒーリングセラピスト及びインナーセンスの能力開発講師
  ザパトリシアヘイズスクールオブインナーセンスデベロッパー承認
* アメリカン・ヒプノセラピー協会会員
* レイキマスター・ティーチャー
* ラ ストーン マッサージスクール承認ストーンマッサージセラピスト
* イリノイ ネイル アート スクール卒業

ヒーラーとなるまで

P1010015.JPG故、今私がヒーラーとして生かされいるのか・・・
人間と言うのはいつ何が起こるのか分らない人生を生かされています。 私の場合も同じ。 縁があって、アメリカ人と結婚、主人の仕事の関係でGuamへ移住。 子供にも恵まれ、何不自由のない幸せな生活がある日を境に私の運命は大きく変わったのです。1979年夕刻、主人から後10分で帰るよと電話がありました。その日はゴルフの帰りでした。いつも家に着く10分ほど前には必ず電話をくれます。なぜならそれに合わせて食事を作るからです。 しかし、一時間を過ぎてもなんの音沙汰もありません。外で遊んでいた息子が大きな声で“マミ~、恐い”と家に入るなり体をガタガタ震わせています。 まだ、4歳になるかならない子供です。 すぐ、分かりました、事故だと。 直感です・・・
それから一時間ほどして警察の方がみえて、御主人が事故に遭われました。どなたかと一緒に病院にくるようにと。その言葉で、もう主人はこの世にいないと確信をしました。 私はまだ32歳でした。


1)ここで学んだ事:                         
人の命はいつ神に召されるかわからない。だから、これから 与えられている人生を悔いのないようにそして、瞬間、 瞬間を大切に生きよう。

045.JPGれから6ヶ月日本へ帰るか、アメリカ本土へ渡るか・・・ 最終的に子供の事を考え主人の出身地であるシカゴに移りすみました。1979年のことでした。シカゴで私と子供は手探りで一つ、一つ障害を乗り越えての生活でした。そんな中、お腹の痛みに耐え兼ねて病院へ。初期の卵巣癌の可能性とすぐに手術。幸いにも子供の同級生の親が息子を預かってくださると。優しい人でした。これもまた幸運でした。幸い癌も初期だったらしく、3ヶ月ごとのチェックを3年程しましたが、その後は何もなく現在に至っています。

2) ここで学んだ事: 
知らない土地でも助けてくれる人がいる。決して意固地にならず素直に感謝する気持ちを持つこと。そして、必ず何かの形でお返しをすること。


P1010100.JPG1986年に現在勤めている会社のシカゴ事務所の設立に伴い雇用されました。 始めは小さな一部屋からスタートでした。何の経験もない私はただひたすら働きました。子供も学校からそのままベビーシッターのお宅へ、夕方から夜遅くまでは私の事務所へという生活。そんな生活が2年近く続き、従業員も少し増えて一安心していると、何故か体に色々な変化が。
常に喉に何か詰まった感じ、そして極度のパニックアタック。それこそ幾度救急車を呼んだことやら。閉所恐怖症、いつも体の神経が痙攣をおこしている感覚。
極度の頭痛。

病院へ行ってはMRI,CTスキャンなどいくら検査をしても、何処も悪いところがない。との診断でした。医者の指示でサイコロジストへ。先生からは精神安定剤を渡され、ストレスのたまり過ぎで終わりでした。 そうこうしているうちに、めまいと共に平衡感覚を失い、事務所で倒れそのまま救急入院。血圧も下がり過ぎて体は冷たく、脈も危ない状態だったそうです。 しかし、ベッドに寝ていても体中というか地球がぐるぐる回っている状態で、ずっと吐きっぱなしでした。座ることも、話すことも出来ない状態が3日間続きました。 医者にはストレスの溜まり過ぎだから、このままでいたら死にますよと言われました。どうにかしなければ。。。。



3) ここで学んだこと: 医者の言う事も最もだが、自分で自分の健康状態を常に知るべし。そして、体が資本と言う事に気づく。


P1010045.JPG
一人ではない、子供がいる。だから強くならなくては・・・ 4日目の朝、めまいは治まったものの、頭痛はすごい。薬を貰い自宅へ帰るその車の中で、何故か押されて、私の進む道が変わるような気持ちになったのです。 そして、何故か西洋医学より東洋医学の漢方治療の方が良いのでは、と思い中国東洋医学の先生の治療を受けました。 その先生もびっくりして、「よく生きているね・・・」 と言われたくらい体重も38キロしかありませんでした。 偶々その先生が気の先生でもあり、ストレスには呼吸法と瞑想でコントロールできるからやってみたらと勧めてくれたので、先生の元で呼吸法と瞑想、そして、気の出し方などの自己治療方を学びました。 あの時は本当に必死で勉強しました。3ヶ月くらいすると体の症状が少しずつ回復に向って行くのがわかりました。怖さやパニックアタックも少しずつコントロールすることが出来るようになってきました。
そして、いよいよ自分の心を震いたたせ、日本へ行くことに決めたのです。 精神安定剤をバッグに忍ばせ、まずシカゴからロサンゼルス、ハワイそして東京と時間を掛けて帰りました。幾度も精神安定剤を飲もうと思いましたが、自分と戦い、一粒も飲みませんでした。やっとの思いで日本に帰りそのまま日本の病院へ行き診察を受けることに。病名は極度の自律神経失調証と診断されました。アメリカにはない言葉でした。

4) ここで学んだ事: 自信を持つことの大切さ、そして病気と仲良くすることも病気と向かい合い立ち向かうのも自分次第。その気持ちで日本へ帰った自分を誉めたこと。やれば出来るという自信。


P1010035.JPG本につくと今度は何故か京都へ心が向くのでした。子供を母に預けて一人旅。京都で初めに千手観音さま達のお寺の敷居をまたいだ途端、あふれる涙が、本当に何故こんなに急にと思えるくらい涙がとめどとなく流れる。30分ほどじっと観音様達を見つめていると、何か話し掛けられているように思えたのが不思議でした。 そして、西本願寺、東本願寺と行く先々で涙があふれる。 これはきっと浄化されているのだと心の底から感じたのでした。合掌、合掌そして、日本に導いてくれて、こうしてお寺さんまでも連れて来てくれた宇宙の神あるいは亡くなった主人に感謝の気持ちでいっぱいでした。 その夜は、一人ホテルに泊まりましたが、とても平和な心が宿っている事が自分でも分かるくらい久々によく寝ることが出来たのです。

5) ここで学んだ事: 神は必ずよい方向へ導いてくれると言う事の確信。 感謝という本当の意味を教えてくれた事そして導きを信じること。


P1010105.JPG

本に2ヶ月滞在。その間毎日ように近所の小さなお寺へお参りすることが私の心の支えでした。 シカゴへの帰国は直行便。12時間の飛行も瞑想を中心に心を落ち着かせながらそして自分との戦いでしたが、やり遂げることが出来た自分を思いきり誉めました。


6) ここで学んだ事: 自分を誉める。小さな事でも自分を誉めることで自信につながる。心に枠はない。自分を誉める度に心が 大きくなる。



事に復帰しましたが自分をコントロールするにはとても時間がかかりました。 やはりたばこ(一日2箱半) とコーヒーは欠かせない生活。ひっきりなしに吸うたばこ。そして一日10杯近く飲むコーヒー。ところが、ある日の朝いつものように朝のコーヒーとたばこを。一服吸ったたばこが異常にまずいコーヒーも同じでした。二服目、たばこもコーヒーも受け付けないほどの拒否反応が・・・おかしいと思いつつ、三服目は完全に拒否状態。結局たばこはそのままごみ箱へ・・・ コーヒーも同じでした。 その日以来、コーヒーは一日2杯位は飲みますが、たばこは一切吸っていません。 まわりにたばこを吸う人達がいても、全然気にならないのです。不思議体験です。 きっと、これから私の人生を変える為に神様が辞めさせてくれたと未だに信じています。 仕事をしていても、いつも背中を押されているのです。何かは分りません。 その頃夢の中によく霊能者や訳の分らない人達が現れては消えてゆく不思議な経験をしました。 1990年。心がマッサージ学校へ行けといっている。それで、学校へ行く・・・すると今度は、あそこのコースを受けろ、と言われているような気がしていつの間にかそのコースを受けているのです その中の一つのコースへ行くと私の後ろに座った女性が私の事がとても気になるという。そして彼女は、貴方の学ぶ事はこういう事ではなく、もっと大きな世界に向けての修行場所へ行くべきと、超心理学の学校を教えてくれたのです。(実は彼女は霊能者だった事が後で分かりました。)

7) ここで学んだ事: 神は常にその人の必要性がある方向へ導いている。 偶然と思うことも実は必然であるということを学ぶ。


enter05_2.jpgして、Delphi Universityという超心理学校へ。それから3年。恐い思いも、楽しい思いも、不思議な体験も沢山して博士号を習得しました。また牧師の免状も頂きました。 この学校では神智学、神秘学。精神身体学、スピリチュアルリズムや深層心理学そしてヒーリングなど沢山の授業を受けました。 最終的にこの学校を出たことで私が今後何をするべきかの道を授けられたと思っています。 私が幾度か死にそうになっても、いまだにこの世に生かされているということの意味が最近やっと理解出来るようになりました。 この現世にいる沢山の人達の健康や魂の向上へのお手伝いをすること。そして、沢山の人達に幸せとはなにか、そして分かち合う心の気づきを教えさせて頂く。 これが私のヒーラーとして、また天職として神がここまで導いてくれたと思えるのです。

8) ここで学んだ事: ヒーラーとして、そして人間として、一人でも多くの人達と学びの心を共にして成長し悔いのない人生への導きを進んで行きなさいと教えられていると信じている。

P1010032.JPGりのみなさんに支えられて、毎年輪が広がっています。感謝です。 水に小さなしずくが落ち、そこから水の輪がゆっくりと大きくなる。 ゆっくりと静かに大きくなる。 ヒーラーとしての誇りと自信をしっかりもって生かされてゆきます。

みなさん、これからも宜しくお願いします。    Mindy



Profile

神楽坂にて.jpg

<氏名、等>
Michiyo(実千代)Chew,
MH.D(超心理学博士)
現在米国シカゴ近郊在住
<経歴>
ジョージア州Delphi University卒
超心理学全般、神学、深層心理学、自然治療学、スピリチュアリズム、
精神哲学などを学び、メタフィジックス(超心理学)の博士号及び牧師号を取得。
<資格等>

  • インターナショナルスピリチュアル協会承認ヒーラー
  • プロフェッショナルボディー&マッサージセラピスト協会承認セラピスト
  • アメリカン・ヒプノセラピー協会会員
  • レイキマスターティーチャー(アーサーフォードインターナショナルアカデミーオブミディアムシップ終了)


プロフィール/ヒーラーとなるまで


お守り塩、お清め塩、バスソルト

お守り塩.jpg

お守り塩

その人が生まれて初めてつけられた名前を元に、その名前の一文字一文字に波動を合わせて、祈りをあげながら仕上げて行き最後に気を入れています。
LinkIcon詳しくはこちら

お清め塩

ホワイトセイジと特別なアロマを使い、祈りながら仕上げてゆき、最後に気を入れます。お部屋の浄化やセラピストさんにお薦めいたします。
LinkIcon詳しくはこちら

バスソルト

小さい器に盛りお部屋やベッドルームに置くとローズの花びらのピンク色のお塩からすばらしい香りに包まれます。小さい袋に入れてクローゼットにかけたりするのもよいと思います。
又、お風呂に入れるとお塩のミネラルと香りでお肌もすべすべになるとともに深いリラックスを得ることが出来ます。

LinkIcon詳しくはこちら

セラピールーム

palette_out[1].jpg

神楽坂の閑静な住宅街をぬけ、緑豊かな高台にセラピールームご用意致しました。 以前は、外国人マンションとして使用されていたSILVER HILLS内402号室です。目の前には緑あふれる公園があり、日本語に混じってフランス語や英語も聞こえてくる国際色豊かなエリアです。セラピーの後は、お散歩をしたりCafe散策をしたり・・・
ゆるゆるとした一日をお過ごしください。

LinkIcon地図